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人の意識・行動の変化
最近自分の周りで急激に意識や行動が変化しつつあるなと感じる人に出会いました。 なぜその人の意識や行動がそうなったのか、当然本人しかわかりかねるのですが 私的には ・客観的に自分を認めてくれる出来事があり、モチベーションがあがった ・成功体験を自分の中で感じることができ、自分に自信がついた ではないかなと思っています。 私の時代は指導という名の下、怒られて怒鳴られるのが当たり前の時代でした。指導する方も褒めるのは苦手な方が多かった時代でしたし、社会風潮的にも自分的にもそのようなことに違和感のない時代でした。 いろいろな出来事を経験し現在にいたりますが、今は人に育っていいただくには、ただ怒ったりどやしつけるだけでは絶対に人は育っていかないと感じています。本当にそう感じています。認めてもらってイヤな人はいません、それをモチベーションにして人は次のステップに向かっていきます。変わるのは自分自身で変わっていくのです。年を経た私も例外ではありません。
7月25日
またゴルフの話です
またゴルフの話になりますが、なんとなくですがこう打てればいいのだなという感覚が戻ってきたようなきがします。よく人から言われる「手ではなく体を使ってボ-ルを打つことが大事」 この感覚が よくわからない→なんとなくわかったような気になる→またわからなくなる このサイクルを何回も何回も繰り返しています。何回繰り返すのでしょうか? でもこれだけ繰り返すとなんとなく感じるところがあるのです。アプローチの方法はいろいろですが行きつく重要ポイントは同じような場所になるのです。以前もそうだったなと!当然まだできていませんが、もしかしたらそれが基本とか原則とかなのでしょうか。 ゴルフの場合、プロの方でもいろいろ打ち方が異なるように思えますが、基本とか原則を担保した中でそうなっているのかもしれないなと。 このことはゴルフだけでなくあらゆることに通じる原理・原則なのかもしれません。 ゴルフ、打ち方がわからなくなると本当にどう打てばいいのかわからなくなります。こう打てればいいのだなという感覚がしばらく継続してくれることを心から祈っています。
6月27日
私もその中の1人です
任意の勉強会等に参加させていただく中で、1つの議題に対して各自が意見を述べ合うことがあります。自分に自信があるのか「これはこうだ」、「これが正解だ」 と言い切る人もいれば、「私はこう感じます」「私はこう考えます」というタイプの人もいます。何歳になってもいろいろな人がいるなと改めて感じます。私は世の中で問題や議論になる事柄は単純に正解・不正解と判断できない、言い切れない内容が多いな、だからこうして議論になるのだなと感じておりますので、後者のような話し方をする人の方が妥当性や合理性を感じて好感を持てます(持ってしまいます)。当然自身においても表現方法は意識しております。(してしまいます)。 でもこのようなことにこだわる(こだわってしまう)自分も客観的に人から見れば、「いろいろな人がいるな」の1人なのでしょうね!
5月23日
素直に感じる事
私が子供の頃、日本は高度成長時代の真っ只中でした。昔の遊びになりますが夕方まで缶蹴りや旗踏みで遊んで、どんなに天気でも30分ぐらいザーと夕立が降ってまたきれいに晴れて、夕焼けを見ながら子供心に確かな意味はわかりませんが、明日はもっと明るくなる、明日はもっと広くなると感じたことを覚えています。 今は逆に特に若い人達にとって漠然と、明日はもっと暗くなる、明日はもっと狭くなると感じてしまう要素がたくさんあるような時代に思えます。 どのような時代に生まれるか誰も選べません。父親が言ってました、「労をいとわず、時間をいとわず、汗水たらして頑張れば誰もがそれなりに報われた時代だ」と。 今は努力しても報われるとは限らない時代です。しかしどんな時代にも通じることですが、自分が必ずできることは務めること、努力することだけだと思います。それと自分で自分を褒めてやること、認めてやること、これもすごく重要な気がします。
4月25日
またゴルフが・・・・・
多少安定していて、こうすればいいのだなと感じていたゴルフがまたおかしくなりました。ただ原因に気が付きました。運動神経に難があるなかで少しでももっとうまくなろうとして、今までできていたことを忘れてしまったのです(意識できなくなってしまったのです)。 これ、ゴルフに限ったことではないと思います。もっと良くしようとして、もっと高いレベルを目指して、今できていること、今あるものをわすれてしまう、いろいろなことに共通していることに感じます。よりどうにかしようとして今できていたことがおかしくなってしまう、今あるものを忘れてしまう、難しいですね。でも今回はそのことに気づいて、一度一歩下がってもう少しうまくなろうとしています。少しは進歩(上達)するかもしれません。
3月29日
お金について・・・・・
前回年金について私見を述べましたが、突き詰めると自分が有しているお金に関する権利をどうすれば一番有利に合理的にできるのかなということになりますね。 お金って難しいですね、なければ本当に先に対して不安だし、かといって貯めることが目的ではない、好きなこと、やってみたいこと、あこがれていたことをやるための通行券みたいなものですからね。そこに年金と同じく人それぞれ異なる、到着して初めてわかる人生のゴール地点がからんでくるのでややこしいのです。 皆同じ条件の権利を有していると仮定して、ゴールがわからないのだから今を有効にと今権利をできるだけ有効に活用される人もいるでしょう、ゴールはまだ当分先という断固たる信念の基、先の有効活用を楽しみに今を生きる人もいるでしょう、中には今これだけ権利があるという状況を至福の喜びとして最大限の満足感を得てる人もいるでしょう。人それぞれだと感じます。私はですか?今も有効に活用したいし(生きたいし)、不安なので先にも少しとっておきたい、その有している範囲でバランスを考えます。一番多いタイプではと予想できる、一番都合いい、一番ない
2月25日
年金について・・・・・
年が明けましたが、来年度65歳になることもありまして同級生達から年金のことについて聞かれる場面が以前より多くでてきました。たいていどうした方が得なのかという内容ですね(繰上げ・繰り下げに関すること)。ゴール(いつ他界するのか)を教えてくれたらアドバイスできるかなって言ってます。ゴールが定かでないのに合理的なスタート地点の設定はできませんからね。まぁ少なくとも、失礼ですが余命宣告されていたり今現在の生活がなかなか成り立たない状況でしたら早めに受給した方が(繰上げ)、今現在の生活が十分成り立っており神様から「あなたは必ず長生きします」と太鼓判を頂いている方は利率のメリットが十分ありますので遅らせても(繰り下げ)いいのではと答えています。 私、私はスタンダードに65歳から受給するつもりです。
1月20日
年末ですね!
早いもので12月に入りもう年末ですね。 この歳になっても久しぶりに会う知り合い等と飲む機会(一応忘年会)が若干増えています。相変わらず同じような方向の話が出て、同じような気持ちになり、改めて自分の中で自分に言い聞かせています。あれはいかがなものか、それは間違っていてこれが正解だ、なぜ自分をもっと認めないのだ、とかですね。気持ちは本当にわかりますので決して否定せずできるだけにこやかに聞いてますよ(基本は)。ただ自分の中では改めて、客観的な事柄を基準にして自分の価値をはかるのではなく、主観的にいい意味での自己満足感(自己不満足感)、自己達成感(自己不達成感)等を重要視できるように努めていこう、そのために自分のベースを上げるべく努力することは本当に大事だな、必須だな と自分に言い聞かせています。 全てが面倒くさくなってきた年になりましたが、これと戦いながら来年も努力だけはしていきたいなと感じています。 早めですが、良いお年をお迎えください。
2025年12月16日
歳を感じます・・・・・
最近、本当に歳を感じます。何をやるにもおっくうになってきました。 自由な身になりましたので何もやらなくてもしばらくはそれで成り立つのですよ。いただいた仕事をやるのも、趣味のはずの事をやるのも、嫌いでなかったはずの人付き合いも、極端な話歯を磨くのも、・・・・・・・すべてがそうです。おっくうに感じます。 でも経験値だけはあるのでわかっているのです。すべてやらなくなったら今よりももっと自分でやるせなさを感じるはずなのです。社会との接点がなくなる寂しさ、人との接点が恋しくなる、自分の意識の中での自己満足感が失われてしまうはずなのですよ。 あるとめんどくさい、なくなると寂しい、改めて、人間勝手な生き物だなと痛感しています。 ということで今、日々自分と戦っています。 そう、この自分勝手なブログを書いている時も!
2025年11月15日
初めての尿管結石 本当に痛いです・・・・・
先日ヘタな趣味のスロットに興じていたところ、お腹が痛くなってきました。全然当たらないので腹にきたかなとでも思っていましたが、だんだん痛みがきつくなってきました。しまいには脂汗が出てきてスロットどころではなくなってきたので、何とか車に戻りパチンコ屋さんの駐車場で2時間ぐらいの...
2025年10月12日
自分にとって自己満足感、自己達成感ほど強いものはないのでは・・・・・
先日短時間ではありますが、人前で話をする機会がありました。その時に自身で話をしておいて、自分で改めて認識したのですが、何歳になっても生きていく上のモチベーションにおいて、良い意味での自己満足感、自己達成感ほど強いものはないのではと感じました。...
2025年9月1日
周りにも一区切りつける仲間が、知り合いが
年齢的にも、私の周りに一区切りつける仲間や知り合いが多くなってきました。ふと気がついたのですが、そのことにより元気がなくなったり、威勢が良かったのが影を潜める(悪く言えば傲慢さがなくなる)人が中に見受けられます。特に従前、会社の中である程度の地位についていたり、ちょっとした...
2025年7月20日
なんと自分の咳かくしゃみでギックリ腰に・・・・・の続きです
自分の「咳」か「くしゃみ」でギックリ腰になったと前回お話いたしました。ギックリ腰がこんなに辛いものだと初めて知りました。心身が弱っているとなりやすいみたいです。多少良くなりましたが(体が順応してきているのではないかと)呑気症は治っていません。ストレスが要因でなることが多い症...
2025年6月16日
なんと自分の咳かくしゃみでギックリ腰に・・・・・本当です
なんと自分の「咳」か「くしゃみ」で生まれて初めてギックリ腰になりました。本当です。先週からのどの痛みやひどい咳の症状の風邪をひき、「咳」のジャブの連打なのか、どこかで「咳」の豪快な右ストレートをくらったのか、気づいたら朝腰が痛くて動けないのです。本当に痛いのです。特に腰の曲...
2025年5月13日
自分の意識の中で少しガタが・・・・・
同年代で腰やヒザに、慢性的な痛みや違和感を感じる人の話をかなり聞くようになりました。自分はおかげさまでまだそのようなことはありませんが、自分の意識の中で少しずつ前とは(若いころ)とは違うなと感じる部分が確実に出てきました。このことに関連する内容を自分はここ数年かなり意識して...
2025年4月13日
改めて 年をとったなと
最近良くも悪くも年をとったなーと改めて感じる事が多くなりました。 一つ目は昔のこと、特に小中学校時代のことをよく思い出すようになりました。良い思い出も良くない思い出も、ついこないだのことのようにお思い出します。夢にも(最近また夢を見る)出てくるようになりました。不思議なこと...
2025年3月16日
自分の「思い込み」について
誰でも自分なりの考えやルーティンを持っています。(私もそうです) ゴルフでも基本的事項があり、やり始めた頃よく「肩をまわせ」と言われました。そのことは大なり小なり意識してきましたが、最近ようやく「肩をまわせ」ではなく、結果的に肩もまわるのだなとなんとなく気づきました。(随分...
2025年2月15日
改めて想うこと-2
年が明けました。今年もよろしくお願いいたします。 以前に会長を務めさせていただいたこともあり、新年の町内の会合に顔を出しました。話を聞いている中で、ここ2年間ぐらい漠然と感じていた感覚を改めて感じました。会合で総論的なことを力づよく語っている方がおられました。では、というこ...
2025年1月12日
改めて想うこと
年末になりサラリーマン時代の仲間と飲食する機会がありました。相変わらずサラリーマンとして当たり前の、またサラリーマン独特の話になりましたが、少し距離を置いている、距離を置きたがっている自分を感じました。 サラリーマンから離れて、60歳をとっくに超えて、自分の価値なり位置づけ...
2024年12月16日
今はやりの103万の壁 本当に壁ですかねー・・・・・・・・
今、「103万の壁」のことが大きな話題・議論になっています。流行語大賞にもノミネートされるのではとの勢いですが、本当にこれ壁ですかねー。壁という日本語はある一定のところから急激に上がる(若しくは下がる)ものだと理解しております。税制面については上っ面の理解しかありませんが、...
2024年11月18日
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