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私もその中の1人です

  • 2 日前
  • 読了時間: 1分

任意の勉強会等に参加させていただく中で、1つの議題に対して各自が意見を述べ合うことがあります。自分に自信があるのか「これはこうだ」、「これが正解だ」 と言い切る人もいれば、「私はこう感じます」「私はこう考えます」というタイプの人もいます。何歳になってもいろいろな人がいるなと改めて感じます。私は世の中で問題や議論になる事柄は単純に正解・不正解と判断できない、言い切れない内容が多いな、だからこうして議論になるのだなと感じておりますので、後者のような話し方をする人の方が妥当性や合理性を感じて好感を持てます(持ってしまいます)。当然自身においても表現方法は意識しております。(してしまいます)。

でもこのようなことにこだわる(こだわってしまう)自分も客観的に人から見れば、「いろいろな人がいるな」の1人なのでしょうね!

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前回年金について私見を述べましたが、突き詰めると自分が有しているお金に関する権利をどうすれば一番有利に合理的にできるのかなということになりますね。 お金って難しいですね、なければ本当に先に対して不安だし、かといって貯めることが目的ではない、好きなこと、やってみたいこと、あこがれていたことをやるための通行券みたいなものですからね。そこに年金と同じく人それぞれ異なる、到着して初めてわかる人生のゴール地

 
 
 

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