top of page

自分にとって自己満足感、自己達成感ほど強いものはないのでは・・・・・

  • 2025年9月1日
  • 読了時間: 1分

先日短時間ではありますが、人前で話をする機会がありました。その時に自身で話をしておいて、自分で改めて認識したのですが、何歳になっても生きていく上のモチベーションにおいて、良い意味での自己満足感、自己達成感ほど強いものはないのではと感じました。

私も含め人は自分の存在価値を他者の評価であるとか、社会的な地位であるとか、客観的なものを基準にしがちです。ただ客観的なものは自分で決められません、なかなか自分の思い通りにはなりません。自分の意思の下、思い通りに動けるのは自分だけです。この歳になってようやく、自分の価値を客観的なものに求めるより、自分に問う方が生きやすいな、前向きになれるなと少し感じれるようになりました。

「努力」は、ほぼ客観的に認められることはないだろうなということを受け止めた上での自身のベースを上げようとする行為だと認識しています。良い意味での自己満足感、自己達成感を得ようと、私はいまだにちょっと「努力」していますね!

最新記事

すべて表示
素直に感じる事

私が子供の頃、日本は高度成長時代の真っ只中でした。昔の遊びになりますが夕方まで缶蹴りや旗踏みで遊んで、どんなに天気でも30分ぐらいザーと夕立が降ってまたきれいに晴れて、夕焼けを見ながら子供心に確かな意味はわかりませんが、明日はもっと明るくなる、明日はもっと広くなると感じたことを覚えています。 今は逆に特に若い人達にとって漠然と、明日はもっと暗くなる、明日はもっと狭くなると感じてしまう要素がたくさん

 
 
 
またゴルフが・・・・・

多少安定していて、こうすればいいのだなと感じていたゴルフがまたおかしくなりました。ただ原因に気が付きました。運動神経に難があるなかで少しでももっとうまくなろうとして、今までできていたことを忘れてしまったのです(意識できなくなってしまったのです)。 これ、ゴルフに限ったことではないと思います。もっと良くしようとして、もっと高いレベルを目指して、今できていること、今あるものをわすれてしまう、いろいろな

 
 
 
お金について・・・・・

前回年金について私見を述べましたが、突き詰めると自分が有しているお金に関する権利をどうすれば一番有利に合理的にできるのかなということになりますね。 お金って難しいですね、なければ本当に先に対して不安だし、かといって貯めることが目的ではない、好きなこと、やってみたいこと、あこがれていたことをやるための通行券みたいなものですからね。そこに年金と同じく人それぞれ異なる、到着して初めてわかる人生のゴール地

 
 
 

コメント


bottom of page