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確かな正解ってあるの?

  • 2022年7月20日
  • 読了時間: 2分

今回は、社会において物事を決定するにあたり、数学みたいに確かな正解があることは少ないんじゃないかな との私なりの想いを述べさせていただきます。


会社組織は重要な役目として、絶えず物事を判断したり、方向性を決定しなければなりません。これは疑いのない事実です。ではこの判断、決定において、数学みたいに確かな正解というものがあるのでしょうか?

私はこのような話になるとよく「出されたラーメン」を例にします。

グループでラーメン屋さんに行き、ラーメンが出てきました。皆で食べました。おいしいと感じる人もいるし、私はちょっという人もいるでしょう。また同じ人であっても運動して汗をかいた後と、体調がちょっとの時とでは感じ方が違うでしょう。ここには数学みたいに確かな正解はありません。

社会、会社組織において議論する議題も、上記に共通する部分がかなりあるのではないかと考えます。しかしながら当然結論なり方向性を決定しなければなりません。

会社組織の法則に基づき、物事は判断、決定されます。これは当然です。

では何が言いたいかというと、議論する過程や決定事項を社員に伝達するにあたり、言い方ひとつで社員のモチベーションに差が生じるのではないかということです。


皆で議論してきたことを決定するにおいて

「会社の判断として~~が正解である」

一時期流行った正義中毒に共通する部分も覚えます。

これよりも

「会社組織として今回は~~とする」

どうでしょう 言い方ひとつですけど、この方が社員の理解度、納得度、モチベーシーヨンアップに寄与するのではないでしょうか?

私が会社在籍時、前半は売れない営業マン、後半は総務としていろいろな人の意見を聞いてきたから余計にそのように思うのかもしれませんが、言い方・表現方法ひとつで受け取る側には大きく変化して伝わることは確かだと感じています。


次回は、前半の売れない営業マン時代のことを話させていただきます。


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